シータヒーリング実践記(5) 壁に当たる
1年以上ぶりのシータヒーリング実践記です。
書いていないからといって、やっていないわけではないのですが、ずっと壁に当たっていました。
そもそも、去年は応用とディグ・ディーパーを習得したいなあと思っていたのですが、私生活で色々あり予定が頓挫しました。
でも、やっていなかったわけではなく、生活の中で毎日とまではいきませんが、平均すると2-3日に一度はやっていました。
では何故書かなかったかというと、壁にぶちあたっていたからなのです。
まず、シータヒーリングの基礎を習ったとき、言われたことがありました。
それは「子供と自分は繋がっているから、自分をシータヒーリングしていくことで、子供の問題も改善される」というものです。
これがですね、どうにも出来なかったのです。
上手くいかないという意味ではなく、「実施することに壁がある」状態。
兎に角、「自分をヒーリングすることで、子供の問題が改善される」ということについて、なぜそんなに自分が頑なにやりたくないのか、ずっと解らないままでして。
でもそうすると、家庭だけじゃなくて、会社でも似たような問題が現れるのが世の常。
私の最大の課題は「(子供を含め)他人を変えることなんかできないのに、その人の改善の手伝いをしろ」あるいは「どうにかする責任がある」と言われることでした。
そしてもう一つ。こちらはちょっと書くと誤解を招く書き方しかできないので詳細は書けませんが、長年モヤモヤしていることが一つ。
ベースとなったのは『学生時代、おとなしそうに見えるからと痴漢に遭いまくった事』ってことで、なんとなく察してください。
結局去年は、シータヒーリングをやりつつも、「根幹」にたどり着けないから同じ所をグルグルして終わってしまったのです。
最早、どこをどう掘り下げていいやら。
ただ、去年の最後、とあるきっかけがありました。
きっかけは人から言われたことですが。
「あなたは、理不尽なことで責任を問われたことがあるんじゃないか。だから、そういった責任を取らされないために、何重にも防御しているのでは。でもね、理不尽な責任押しつけはスルーして良いんだよ」
これを言われたとき、泣きそうになりました。
ホントそれって。
ただ、それでも「実施することに壁がある」状態をどう変えてよいかはわかりそうでわからず。
色々考えたりし続けたこともありますが、最終的には先ほど投稿した、年間リーディングをして漸く辿り着きました。
私が、「自分を癒やすことで子供が癒やされることに反発したくなる理由」は、「子供が癒やされないのは自分のせいじゃないと言いたいから」でした。
たとえば、自分を癒やしたことで、子供も癒やされたとしましょう。
それ自体は、凄くうれしいことです。
でも、ずっと長いこと言われてきた、「子供の諸々は母親だけの責任」みたいなことが覆い被さっているから、素直になれない。
「自分も癒えて子供も癒えたらラッキー」ではなくて、「自分が癒えたら子供も癒えるなら、今まで子供が大変だったのは全て私のせい」ってことになりそうでそれがいやだったというわけです。
実際にそういうこと言う人とは距離を置いてるにもかかわらず、「子供が何か失敗したら自分が責められる」という図式ができあがっていて、結果、色々と前もって手を打とうとするけど、子供は自分の意志があるのでこちらの思惑通りには動かない。結果、もっとも避けたかったところに突っ込んでいく子供達をみて、暗澹たる気持ちになるというループ。なので、年間リーディングでも「あなたが愛上面で癒やされないのは、誰の前でも完璧になろうとしまくるからだ」と出てしまったわけです。
そして、その結果、上手くいかないからと自分を責めることで余計上手くいかなくなると…。
まだこの深掘り結果のヒーリングは出来ていませんが、近いうちにやろうと思います。
正直、出来ることなら上手くいったことだけを書いていきたいのですが、この手のを読みたい人は、恐らく、挫折しかけたパターンも需要があるのではないかと思い書いてみました。
そうそう、シータ基礎でやった「願い事」ですが、いくつかあるうち、去年は「昇級すること」は叶いました。
他も色々叶えていきたいところですね




