日常/心

弓道部時代の感覚を思い出す

ここのところ、ずっと違和感があって、「この感覚、何かににてるんだよな-」と思ったら、思い出しました。

中学・高校と六年間、私は弓道部にいたのですが、弓道では「あたりに走る」という言葉がありました。
毎日の練習を続けていると、たとえフォームが崩れていたとしても、「今、離せば当たるかも」というタイミングが解るようになるのです。
そうすると、ちゃんと引けてないのに、離すと当たってしまうのです。
すると、次第に離すタイミングが早くなりすぎてしまい、当然、フォームが崩れまくるので当たらなくなり、最悪、弦が腕を打ったり頬に当たったりするようになるのです。
結構、この状態に嵌まる部員は多く、そんなときは的場には立たず、巻き藁という的に見立てた藁に向かって打つ練習をします。

あるとき、あたりに走りつつある自分を自覚して巻き藁で練習したあと、こんなことを思ったのです。
「離れは自然に離れるまで待てというし、本当に離れるまで「会」(引き込んでいる状態)のまま維持しよう」と。
どうなったかというと、勝手に肩が縮み、「会」からその手前の状態に戻ってしまいました。
それでも、もう一度挑戦したところ、今度は矢が弓の間に入ってしまい、離すことができず、周りの人にどいてもらい手を離したら「ぱきっ」と折れてしまいました。

そこからは暫く、「会」から「離れ」の部分が怖くなったのですが、最近感じていた違和感は、あのときの「勝手に肩が緩んで一つ前の形に戻る感覚」と「矢が弓の中で折れる感覚」だったんですね。

当時の葛藤は

・早く離してしまったら、腕や頬を打つ怪我をするかもしれない
・無理矢理保持していたら、矢が弓の中で折れたり、肩が糧に戻ったりするかもしれない
・今離してもいいか

という葛藤だったんですが、自分の中で似たような悩みがあった故に、そういう感覚を思い出したのかなと思いました。

ちなみに、その感覚は一昨日あたりにサックリ消えました。ものすごく唐突に。
当時、それでもあえて引き続けて、自分の感覚を取り戻したのと同じように、「怖いからもうやれない」という感覚を手放せたのかなと思います。

Morten Harket.jp (http://www.morten-harket.jp/)の中の人。 NORLAのサポートを受けてノルウェー語の詩を翻訳したことがあり(本にはなっていません)、そこからお勉強会などがあれば参加させて貰っています。 ノルウェー語は2011年から、ドイツ語は2023年からスタート。

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