『文法』は敵じゃない
ノルウェー語の文法で悩んでいると、よく言われる言葉に、「真面目だねえ」っていうのがあります。
文法なんて解らなくても、会話しているうちに自然に覚えるものだから、そうやって理詰めで覚えるのは真面目だというわけです。
facebookでも、その他いろいろでも、ネット上の「英語」のCMには、上のような文言のものが目立ちます。
「日本人の英語の勉強は間違っていた! 文法が完璧な人はいない。
さあ、英語のシャワーを浴びるんだ!」
とか。
そのどれもが、「文法がわかっても話せなくちゃしょうがない」というテーマに沿っていて、なんか、「語学で文法を学ぶのは、頭でっかち」と言わんばかり。
でもね。今、ノルウェー語の文法を再度やり直していて思いますが、文法って敵じゃないですよね。寧ろ味方。
最初にならったノルウェー語の先生にも言われたけど、ヒアリングをするときに「このフレーズがきたら、これ」というのが解ると聞き取りが上手になると。
それはもう、文法を勉強するしかないと。
知っている単語が増えれば、聞き取れる単語数は増えるけど、やっぱり早口になると全てが聞き取れるわけではないし、これをいってしまうと元も子もないけど、自分の「日本語耳」には、似た発音のものの区別がつかないことが結構あります。
そのときに味方になってくれるのは、やはり文法ですね。
「このフレーズがきたら、この単語が来る」っていうのは、経験則で学ぶことも勿論できるけど、その経験が少ないうちは、やっぱり文法がよりどころなんですよね。
先日、ヒアリングの練習をしていて思ったんですが、やっぱり自分の興味のある分野のほうが聞き取りやすいんです。
ノルウェーにおける海外文化の影響のヒアリングは難しかったけど、ノルウェーにおける出産休暇および休業補助については、それほど難しくありませんでした。
なんでかっていうと、内容が推察できる分、単語も推察できるからだと思います。
RPGで「攻撃力が20%増しになるアイテム」があったら使わないともったいないように、そのアイテムが磨くほど攻撃力が増えていくとなれば尚更ですよね。
それが文法だと思います。
なので、私にとって文法は敵というよりは、味方であり、かつ楽できるアイテムです。
