「解散」という言葉に対する温度差を感じる
漸く収束した感のあるa-haの解散騒ぎですが、今回、自分のもつ「解散」という言葉に対するイメージと、他の人のそれとの温度差をつくづく実感しました。
ブログの内容からもわかるように、私はかなり長い間、a-haのファンになるよりもっと前から、宝塚のファンなのです。
宝塚では、一部の「理事兼生徒」を除いては、いつか卒業するものです。定年までいらっしゃる方もいますが、たいていの場合、応援出来るのは、長くても10年くらいが平均になりやすいんじゃないでしょうか。平均取ったことないですけど。勿論、中には、音楽学校卒業からずっとという方もいらっしゃいますが。
自分がファン歴が長いのは、ネッシー(日向薫)さんですが、彼女は1976年3月初舞台で1992年3月に退団してますから、男役14年で卒業ですよね。
私が彼女を初めて見たのは、多分「海鳴りにもののふの詩が」で、その時からカッコイイ人がいるという認識でしたが、完全に名前と一致したのは1985年の「西海に花散れど」の平有盛になります。
そうすると、「宝塚の男役」をファンとして見られたのは大体7年でしょうか。シメ(紫苑ゆう)さんも同じ頃から結構好きだったので、彼女はもう少し長くて(ネッシーさんの次のトップだったから)それでも9年くらいでしょうか。
まあ、シメさんの場合は若干特殊(音楽学校の先生になられた上で、ファン向けに活動もしている)ですが、まあ、基本、宝塚の男役(特にトップ)の人はその後、舞台女優として活躍される人がとても多くて、麻実れいさんのように、退団されてから10年で封印していた男役をやる(「ハムレット」)場合もあるわけです。
ファンクラブという情報の得られる場所に入っていれば、活動を見失うこともないし、彼女達の「演技」は彼女達が表舞台を去らない限り、見ることができるわけです。
2010年の解散のとき、私がa-haに対して一番怖れていたのは「もう、彼らの今後の情報が入ってこなくなるんじゃないか」ということでした。
だからこそ、ノルウェー語を学べば、現地の新聞の記事ならたまには情報が掲載されるかもしれないと、勉強を始めたわけです。
実際には、「たまに」どころか、かなりの頻度でとりあげられていて、去年には復活して今に至るわけですが。
「宝塚の男役」だった人は、どなたも、自分の演じた役を大切にされていて、(私は行ったことないけど、Webを見る限り)シメさんは「うたかたの恋」をファン向けイベントで歌われてますし、ネッシーさんも紫子の風吹の歌を歌ったり、凰稀かなめさんのディナーショーもそうでした。宝塚時代の歌を封印するってことはなくて、機会があれば歌ってくれるわけです。勿論、一番好きな演技も、(男役ではないけど)見ることもできます。
そして、その演技の中に、男役だった頃の名残をみつけたりして(姿勢の良さとか、貴族っぷりとか)嬉しくなるわけです。
なので、どうもこのスタンスになれているらしく、a-haが2010年に解散した後も、情報と、モートンの歌声さえあれば割と満足だったわけです。
全くa-haを歌わないってこともないし(寧ろ2012年のソロツアーはa-ha曲だらけだった)、彼らが再結成したのは驚きましたが、元宝塚の人達が、宝塚のイベントの度に呼び出されるように(笑)、a-haとして歌う可能性はなんとなく否定しきれてなかったからなのかもしれません。
勿論、たとえば、未だに大地真央さんと黒木瞳さんとか、剣幸さんとこだま愛さんが一緒にいると「そうそう、この並びこそ最高!」と思えるように、a-haが3人並ぶと「この並びこそ最高!」という気持ちになるわけですが。
なんていうのかな、変な話、結婚して苗字が変わっても自分は自分じゃないですか。それと同じに、私にとってのa-haは、a-haというグループを越えて、最早彼ら3人の「性質」とか「苗字みたいなもの」なのかもしれません。だから、今回の騒動では「え、でも2年限定の復活だったし、それほど騒ぐことでは…」と思えたのかもしれません。
モートンの芸能界引退みたいな発言も流れてきてはいたから、そちらはそれなりにショックでしたけど、読めば読むほど、モートン節故の誤解で、多分、休みたいだけなんだろうなという風に前向きに捕らえられてきましたけどね。
まあ、今回は「解散はしない」と明言しましたし、3人でやる可能性は今後も残したということで、良かったと思います。