TOYOTAのオリンピックCMが最低すぎる
Twitterで「イチローが嫌いだ」から始まるCMがあると知り、意味がわからないので実際に見てみた。
最悪だった。
恐らく、制作者は「天才(イチロー)には叶わないけど頑張っている、きっと出来る」という意図で作ったのだろうとは思う。
決してイチローの悪口のつもりではなく、イチローのすごさを引き合いにしているのもわかる。
実際、「嫌いだ」に続く言葉は、「だから凄い」という意図のある言葉ばかりだ。
故に、「イチローが好きだ」から始まったとしても、なんの違和感もない。
このCMは、本当に最近の日本の気持ち悪さがぎっしりだ。
先日、noteに投稿した「完璧を目指す改善はもうやめようよ」や「平等な幸せの気持ち悪さ 」にも書いたけれど、誰かが突出した才能があるとそれをくさしたり、あるいは努力をしているけどまだ至ってないとそのことを(自分は何もしないくせに)批判するという風潮。
その風潮の中で、オリンピック・パラリンピックに出られるだけの実力があってもまだどこかに不安を抱えてる・目線は一般の人と同じという演出をして、涙を誘う。
「すごいね、感動するね」と言わせたいみたいな演出。
だいたい、オリンピック・パラリンピックという大舞台に出る人に、ネガティブな言葉を言わせる意味がわからない。
メンタルトレーニング系の本を読むと、プロのスポーツ選手は勝ったイメージをするとか、モチベーションを高めるためにいろいろな対策を打っていると聞く。
しかし、このCMは「イチローが嫌いだ」というネガティブな言葉をクチにださせ、クチにだすことによって、「イチローに比べたら私はまだまだだけど」みたいな雰囲気を作る。そして最後の「でも同じ人間だ」はテキストだけで、台詞はない(少なくともテレビで放映されてるほうでは)。
仮にこの出場選手がそう思っていなかったとしても、口にした言葉というものは、心により深く住み着くものだ。
小学生の頃とか、「強いて言えば、誰々が好き」と言ったばっかりに、余計に気になってしまうようになるというのは、よくあることだと思う。
嫌いでもそう。どんなことでも、口に出せばそれは強く刻まれる。
特に人前でなら尚更。
このCMは、そういう「自分の弱さ」を試合前に口に出させると言う点でも、それを日本中に広めてしまうという点でも、
そして、イチローは褒められてる雰囲気ではあるけれど、最初のネガティブな言われ方が音声として日本中に広まるわけで、これでイチローの人気が落ちる可能性だってある。彼が人気をきにするかはしらないけど。でも、特定の名前を出して罵る(嫌いという)CMは、洗脳だと言ってもいいと思う。
「限界が言い訳に聞こえる」というのなら限界を破る努力をするしかなくて、もし、このCMが「イチローが好きだ、限界は言い訳だと思えて、限界を超える勇気がでるから」「イチローが好きだ。努力を楽しんでいいと思えるから」なら、普通に良いCMだと思うのに。